第4講 『嚴秘必験祈祷法』より【愛岩(宕)軍勝神祇法】詳解

第4講 『嚴秘必験祈祷法』より【愛岩(宕)軍勝神祇法】詳解

『嚴秘必驗祈祈祷法』は当家に伝わる古文書から修験関連の行法をまとめ、平成11年に青山社から出版しました。

中世から近世にかけての修験行法を実際に修法できる次第書としてまとめたもので極めて貴重なものです。

その内容は諸尊法などと異なり、現在、一般的に修法されている加持祈祷とはかなり異なります。

勝軍地蔵を始め、飯綱智羅天、ダキニなどの次第を収めていますが、このスジの修法を好んで行う方はそう多くはありません。

資料的な文献としてお求め頂いている場合がほとんどで、実践していらっしゃる方はあまりいらっしゃらない様です。

しかし、実際に修法すれば、その緊密度は確かなものである事が分かります。

その後、実践を重ねる中で、解説として言葉足らずの個所が随所にある事に気付きました。

また、諸先生方と交流させて頂き、幾つかの誤りや積年の疑問に対するご教示を受けて参りました。

『嚴秘必験祈祷法』はその内容の特殊性からか、売れている本とは言いがたく、今後、改訂版として、訂正を行う事は不可能であると思われます。

よって、ここに不十分であった解説に捕捉を加えると共に、一部の誤りやご指摘を受けた内容を紹介して参りたいと存じます。

正直な処、こうした詳解を詳らかにするかどうか悩みました。

私はこの『嚴秘必験祈祷法』を書き表わすに当たり、数々の不思議を体験しています。

夢の中で古文書の読み下しや印の指導を受けたり、修法の実践を通じて見えない力で作法を矯正されたり…。

こうした内容を公開する事は、少なからずためらいが伴います。

しかし、諸先達の菩提心を諸法兄の皆様に伝えるためにその一部を公開する事にしました。
 
今回は、古流の末派修験の次第として当家がおよそ四百年その修法を伝えてきた『愛岩(宕)軍勝神祇法』の詳解を掲載します。

こうした詳解は、次第部分があって成り立つものです。

よって『嚴秘必験祈祷法』より修法部分を転載し、補足を加えて行く事とします。

内容は原本の解説と一部重複する部分も出てくると思います。

いずれにしても、興味ある方にとっては、『嚴秘必験祈祷法』の解説も併せ参照する事で、より理解が深まると思います。

詳解

法具などを用いず修法する次第で、中世の修験者がどの様な祈祷をしていたか、その一端を垣間見る事が出来ます。

十八道建立の作法に比べると非常に雑な印象を受ける作法です。

しかし、次第の行間には緻密な筋立てと観想が伴います。

十八道契印による修法は間合いを取りながら、作法との一体感や念を集中していく事が出来きます。

しかしこの作法は、観念を最初から終りまで全力疾走で行う様な大変さを伴います。

「愛岩(宕)軍勝神祇法」は、仏教を始め、神道、道教、陰陽道が一体となった雑密的作法なのです。

先ずは、前段部分で身堅めから勧請まで一気に行います。

護身法後の「無所不至印言曰」は除災清浄の意味があります。

金剛界の五大如来の種字を唱えるのですが、この時に無所不至印を以って五芒星・陰陽道のドーマンを描きます。

行者によっては、この所作を「星切り」とも呼んでいる様です。

陰陽五行の摂理の中に、諸尊を配します。

大事な事は、無所不至印で星形を描いた後に、その中央で無所不至印を印図の如く開き散じるのです。

この無所不至印言曰は、後に用いる九字(セーマン)と対を成します。

「請車路(輅)」は、実際は送車輅なのですが、原本通りにしました。

「歌曰前ノ印(秘歌印)」は極秘印です。

組み方は先ず印図の通り組んだ後、合わせた小指をくるりと下に向ける様にひっくり返し、説明通りに定印と同じ位置に置きます。

秘歌は平読みで唱えていますが、本来は独特の節回しがあった筈です。

お知りの方は、どうか情報をお寄せ下さい。

秘歌と真言を唱えた後は、両手を散じる事なく拳にして腰に安じます。


「勧請螺」の三吹は、調べ、乙三音です。調べは音に数えません。

祈祷時の立螺は、ラッパの口の部分を下に向けて吹くのが正式な作法です。

続く「虚身(心)合掌印」は真言を唱えた後に印を散じますが、「高林房」から「ヲン天狗自在神通ソワカ」の印までは、散じず連続して組み、眷属の天狗たちが圍繞する様を観想します。

「金毘羅房」の印は外縛したまま、左右の指を「ソワカ」と唱える時に三度開きます。

「ヲン天狗自在神通ソワカ」の印は、左右各三転し散じます。「本尊正印」は立て合わせた中指を宝珠の様に屈し、この宝珠の中に、本尊が入ったと観想する事が口伝です。


圍繞した眷属・諸尊に対して祈念する「念誦」は、数珠を摺りながら唱えます。

秘歌を詠む際に用いる天狗(形)印は、秘歌を詠む度(それぞれ三反詠みます)に三反仰ぐ所作を成します。

法螺の二つ半は、調べ(音に数えません)、乙当たり、甲二音と吹きます。

ここでも吹く際はラッパの口の部分は下にします。

「神祇白(拍)掌」の唱え言葉は一反だけです。


本尊に対する「正念誦」は、数珠を摺らずに至心に唱える事です。

「九字ノ文」は先に述べたとおり、刀印でセーマンを切ります。

「白(拍)掌」は唱え言葉を一度唱えた後に三度手を叩きます。

なお口伝を申しますと、先の「神祇白(拍)掌」は大小大と手を打ち、ここでの「白(拍)掌」は小大小と打ちます。

大小大とは易の火(陽陰陽)、小大小とは水(陰陽陰)を示します。

易では内から外へと陰陽を配置してしていきますから、この前後二つの白掌で水火既済の卦となります。

ですから「白掌」は単に手を叩いている訳ではなく、陰陽を配置し祈願成就を念じる事になるのです。

ドーマン・セーマンと同じく、「神祇白(拍)掌」は陰陽道の作法と呼んでいいでしょう。

出堂後の作法は再度の祈願成就所と身堅め的な意味があります。

この中で子師(獅子)印について補足を加えます。身堅めという意味から外獅子印を当てておりますが、その後、ある機会に、秘子印(毘支印とも菱印とも言う)なる印のの存在を知りました。

秘子印は左右それぞれの三本の指を合わせ三角錐を合わせた菱形状に組む印です。

指の組み方は、右手空、風、地の先を、それぞれ左手の風、地、空の先に付けます。

秘子印は古流の修験関係の古文書に見られるという事で、その昔(奥書には元和九年とあります)、『愛岩(宕)軍勝神祇法』の伝授を受けた際に、当秘子印を子師印と誤った可能性があるのではないかと思っています。

いずれにしても、修法上、外獅子印を用いても支障は在りませんが、実践を重ね、各自の相性で判断して頂きたいと存じます。

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