今日は春分の祝日です。でも「きょうは未の日」なんだと気付く人はそう多くありません。のんびりお過ごしの人もいるでしょう。お墓参りをする方もいるでしょう。この機会にちょっとしたナルホドを提供させてください。
干支や十干は、日本の伝統や文化に深く根ざしており、かつては日々の生活や季節の移り変わりを読み解く上で欠かせない当り前の知識でした。特に春分の日と秋分の日は、自然と私たち人間の関係上で重要な節目です。これらの日は、昼と夜の長さがほぼ同じとなり、自然界のバランスと調和が最も感じられる瞬間です。春分の日が未(ひつじ)か子(ね)と結びつくのは、実は秋分の日も同じであり、この点には深い意味が隠されています。
春分と秋分の日が、未と子で結ばれるという事実は、太陽の運行と地球の傾きに基づいた精密な天文学的計算によるものです。これらの日は、春の始まりと秋の始まりを告げ、農作物の種まきや収穫の時期など、農業社会においては生活のリズムを決定づける重要な指標でした。また太陽が真西に沈む事から極楽西方浄土との結び付きが強い日とされ、彼岸の中日として先祖供養の日ともされています。
未(午後1時から午後3時・南南西)と子(午後11時から午前1時・北)が指す時間帯や方位は、日本の伝統的な生活文化において、特定の行動や儀式を行う適切な時間も示していました。子刻は午後と午前の時間の交差する特別は時間帯でした。咒術性の強い時間帯とされ、子の刻参りなどと風習も生まれました。未刻は、昼食の習慣がなかった江戸時代には間食する頃合いとされていました。未は子から数えて八つ目の刻であったため、「おやつ(八)」という言葉もここから生じています。
さらに興味深いのは、春分と秋分が未と子によって結ばれることで示される、昼と夜、光と闇、生と死といった対照的な要素の調和です。本来は子の対面関係となるのが午(南)ですが、未と子が対面関係となります。微妙なズレがある未と子が一年の中で重要な節目を果たすのは、自然の周期と人間世界に絶妙なバランスがある事を象徴しています。ここに「なるほど」と感じるポイントがあります。この微妙なズレが、私たちが自然の中で生きているエネルギーなのかもしれません。春分と秋分の日は、自然のリズムと密接に連携しながら、私たちに時間の流れと生命の循環について考えさせる機会を与えているという事です。
このように、春分と秋分の日が未と子と結びつくことには、ただの暦の記載以上の深い意味があると言えます。それは自然界のバランスの美しさを再認識し、先人たちが大切にしてきた自然との調和を今に伝えるものです。現代社会で忙しく生活する私たちにとって、これらの古の知識は、自然のリズムに耳を傾け、心の平和を見つけるための貴重な手がかりとなるかもしれません。秋分の日を含め、干支や十干の知識を通じて自然界とのつながりを再発見することで、私たちは日本の豊かな文化遺産を新たな視点で楽しむことができるのです。